コラム.tokyo

政治・社会問題など堅めのニュースを素人目線で考察していくブログです

*

【川崎無差別殺人】犯人の家族に責任を求めるのは愚行でしかない

   

先日、川崎市で起きた無差別殺人ですが、「被害者ではなく犯人の個人情報を出せ!」という批判が多く見られます。

氏名、年齢は既に公表されていますが、「住所も出せ」という意見も多いです。

でも、その必要性は全く無いと思います。

犯人が死亡しているのに、それらの情報を出して何の意味があるのでしょうか?

意味ありませんよね?

犯人の個人情報を出せば二次被害が起こりかねない

それどころか個人情報を出すことで二次被害が起こりかねません。

例えば、犯人の家族がバッシングされるようになるはずです。

2008年の秋葉原通り魔事件の犯人の弟さんは事件後自殺しています。直接的な原因かは分かりませんが、弟さんへの誹謗中傷もあったと考えられるわけです。

また、近隣住民にも迷惑が掛かります。

以前、別の事件の加害者宅が特定され、落書きなどの嫌がらせ被害に遭っていましたが、それは隣人にとっても迷惑なわけです。

犯人家族に責任を求めるのは愚かである理由

「犯人の家族なんだから責任を持つべき」という意見もありますが、法律で定められている年齢でない限りはその必要は無いと思います。

なぜなら、犯行に及んだ原因が家族ではなく、学校やクラスメート、会社や同僚にあるかも知れないからです。

無差別殺人の犯行動機としてよく聞くのが『社会への復讐』です。つまり、家族ではなく学校やクラスメート、会社や同僚に責任を取らせる方がまだ理にかなっていると思います。

犯人と血の繋がりがあるというだけで家族まで非難するのは、ある意味差別とも言える愚行でしかありません。

https://column.tokyo/post-19164/

 - 雑記