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【維新の会】足立議員の「死ね」発言は日本そのものを衰退させかねない理由

      2017/11/23

先日、日本維新の会の足立康史議員が「朝日新聞、死ね」とツイッターで発言したことが物議を醸しているわけですが、個人的には「そんなに暴言吐きたければ政治家辞めろ」と言いたいですね。

足立議員は「”保育園落ちた日本死ね”を真似た」などと発言を正当化したわけですが、あまりにも子供染みた行為だと言わざるを得ません。私がそう思うのにはいくつか理由があります。

「保育園落ちた日本死ね」は攻撃的ではないからOK

これは私の主観も含まれるので断定は出来ませんが、「保育園落ちた日本死ね」の人は、どちらかと言うと「死ね」ではなく「死にたい」状況だったと思うんですよね。

アベノミクスは一定の成果があったと言われていますが、その一方で「格差が広がった」とも言われています。

広がった格差を縮める為に、より多くの仕事をする必要が出てきます。仕事をするには保育園に子供を預けなければなりません。でも、定員オーバーで預けられないのです。当然、これでは仕事も出来ません。それでも頼れる家族や友人がいれば何とかなるかも知れませんが、そうでない場合は路頭に迷うことになります。

人によっては『無理心中』をしてもおかしくない状況なんですね。日本は少なく見積もっても年間3万人が自殺している国ですから十分考えられる事なのです。

つまり、出てしまった言葉こそ「日本死ね」ですが、置かれた状況的には「死にたい」、「助けて欲しい」という攻撃的とは正反対の意味が込められていたのだと推測できます。

一方、足立議員の「朝日新聞、死ね」は明確な攻撃意思があります。それは足立議員の普段の言動を見れば明白でしょう。攻撃意思がある人が「死ね」という言葉を用いるのは『気違いに刃物』です。認めてはなりません。

大切なのは言葉尻を捉えず中身を見て判断する事です。

足立議員始め右翼たちは「”日本死ね”は日本へのヘイトだ!」などとレッテルを貼り問題視しますが、発言する人の立場によって意味は全く変わるのです。政治家の様に何一つ不自由なく満たされた生活をしている人が言うのと、明日の生活もままならない人が言うのとでは全く意味合いが変わってきます。

政治家は国民を先導する立場。ネット民レベルに成り下がってしまうのは愚か

「保育園落ちた日本死ね」の良し悪しは別として、「〇〇がやっていたから」という理由で自分も同じ事をやるのはあまりに愚かな行為です。しかも、足立議員は「日本死ね」発言を問題視していたのにも関わらずにです。

足立議員のこの主張がまかり通るなら、ネットの掲示板にあるような『便所の落書き』レベルの発言を政治家がすることを認める事になるのです。

政治家は国民を代表する立場である以上、人の見本になるような行動を取らなくてはならないのです。政治家が『便所の落書き』レベルの発言をしていたら、国民のレベルも下がっていきます。

先日の衆議院選で維新の会から出馬した長谷川豊氏も「人工透析患者を殺せ」などと発言して問題になりましたが、こういった子供染みた人達は政治家を辞めるべきです。国民の税金がこういう人たちに使われていると思うと非常に残念です。

疑惑追及はすべきだが、証拠も無く『犯罪者』と断定する愚かさ

足立議員は野党議員や自民党の反安倍派の疑惑を取り上げ、名指しで『犯罪者』呼ばわりしましたが、それを断定できる証拠は示していません。

維新・足立議員「石破氏らは犯罪者」「朝日報道は捏造」

国民の税金に関係する事ですから、森友加計問題にしろ、野党議員の問題にしろ疑惑は追及されるべきです。しかし、疑惑段階で『犯罪者』呼ばわりは過剰です。これを認めれば、森加計問題で未だ疑惑が晴れていない安倍首相も犯罪者という事になります。

疑惑があるのは野党議員も安倍首相も同じ事ですが、なぜか足立議員は安倍首相を全面擁護。そして、度重なるデマの拡散で問題になってばかりの作家の百田尚樹氏の発言を支持するわけです。

要するに足立議員は、疑惑追及が目的ではなく、自分が敵だと認識する相手を攻撃しているだけなんですよね。

足立議員は「七百人以上いる国会議員の中で一番クリーンじゃないかな。」などと自画自賛してるわけですが、彼の行動にクリーンさ微塵も感じられません。

そもそも、足立議員は「あほ、殺すぞ」などと暴言を吐きパワハラを行なったり、約3700時間分の残業代(約960万円)が未払いという理由で裁判沙汰になってるぐらいですからね。

維新・足立議員、元事務員との残業代訴訟和解 大阪地裁

政治家は常識人であれ

あれこれ書きましたが、言いたいことは「政治家は常識人であれ」という事です。ネットの暴言レベルの事ばかり言ってるような人は政治家を名乗るべきではないという事です。

政治家は一般国民よりも目立つ存在である以上、影響力があるわけです。学校の教師がそうであるように、政治家もまた尊敬されるような人格であるべきです。

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