田嶋陽子「専業主婦は奴隷!」、橋下徹「それは差別発言だ!」本当にそうなのか?
元大阪府知事の橋下徹さんの冠番組で挙がった話題について思う事があったのでまとめます。
発端は「専業主婦」という言葉。
「専業主婦」は戦後の日本の政策の一つで、その当時の女性には「職業選択の自由」が無く、半ば強制的に専業主婦を強いられたことを、タレントの田嶋陽子さんは「専業主婦は奴隷」と表現しました。それを橋下徹さんは「女性に対する差別発言だ!」と反論し番組はヒートアップしたわけです。
橋下徹のやっていることは「言葉狩り」他ならない
田嶋さんの「専業主婦は奴隷」という発言は、20年前の著書に書かれたもので、単に「専業主婦は奴隷」と言っているわけじゃないんですよね。女性不遇の政策が行われていた、女性には職業選択の自由が無かった、という事実や時代背景があって「専業主婦は奴隷」という表現が使われたのです。
差別といえば韓国人・朝鮮人への人種差別も問題になっていますが、これとは全く違います。差別主義者たちは「韓国人は犯罪者」といったレッテル貼りをしますが、犯罪者なのは極一部の問題人物だけであり、そんな政策が行われた事実も、韓国人・朝鮮人の大半が犯罪者だったなんて過去も無いのです。
だから、「専業主婦は奴隷」と言うのは差別ではありませんが、「韓国人は犯罪者」と言うのは差別なのです。
意に反してブラック企業で働いている人を「社畜・奴隷」と表現するのは差別?
日本ではブラック企業も問題視されていますが、そこで働く人を「社畜・奴隷」と表現するのは差別でしょうか?
意に反してブラック企業で働かざるを得ない状態の人に対して「社畜・奴隷」と言うのは差別ではありません。働いている本人が一番そう思っているからです(意に反する事をやり続けているわけですからね)。
無論、自分の意思で、好きで働いている人に対して「社畜・奴隷」などと言うのは差別です。個人の意思を尊重していませんからね。
専業主婦も同じなんですよね。
社会構造的に女性は社会に進出し難い状況であり、さらには「女性は専業主婦であるべき」みたいな風潮も根強いです。つまり、一定数は意に反して専業主婦にならざるを得ない人がいるんです。ブラック企業の例にならえば、これを「奴隷」と表現するのは間違っているとは言えません。
「ニュアンス」を感じ取る事が重要
結局のところ、「その言葉にどういう思いが込められているか」といったニュアンスが重要なんです。
「専業主婦は奴隷」ではなく「奴隷のような扱いの専業主婦もいる」というニュアンスなんですよね。田嶋さんの言ってることは。そもそも田嶋さんはフェミニストですから普通に考えれば差別の意図は無いことは明白です。
そのニュアンスを無視して「奴隷」という言葉そのものに反応するのは「言葉狩り」であり、「表現の自由」を侵害する行為ほかならないのです。
逆に「綺麗な言葉」を並べていても、その内側に憎悪が込められていれば、それは差別でありヘイトスピーチなのです。