安保法制・集団的自衛権は『殺人・破壊の正当化』である
2015/12/01
物事には両面があります。
安保法制や集団的自衛権も例外ではありません。
安保法制や集団的自衛権を良く言えば・・・
- 平和維持の為
- 国際貢献の為
- 自衛の為
という事になります。
逆に悪く言えば・・・
- 殺人・破壊
- 価値観が異なる者の絶滅
- 自らの価値観を武力で押し付ける
ということなんですよね。
自衛戦争もテロも根本は似たようなもの
気付きませんか?
先ほどの悪い例えはテロにも当てはまるんですよね。逆に、良い例えもテロリストからすれば支配地域の平和維持、貢献、自衛の為と置き換えることが出来てしまうんです。
つまり、立場が異なるだけで安保法制・集団的自衛権とテロは根本的な部分は変わらないんですよね。余計な感情を取り払ってシンプルに言えば、どちらも「殺人・破壊」でしかありません。
安保法制、集団的自衛権を拒否するというわけでは無い。気掛かりなのは『軽さ』
基本的に私は安保法制反対寄りですが、絶対に拒否というわけではありません。世界の動向次第では必要とせざるを得ないケースも出てくると思うからです(とはいえ、現段階では安保法制も集団的自衛権も必要だとは思いません)。
私が気掛かりなのは『軽さ』なんですよね。
「安倍首相が好きだから」とか「中国・韓国が反対しているから」という安易な気持ちで安保法制・集団的自衛権に賛成している人が結構多いんですよね。もちろん真剣に考えた上でならその意見は尊重すべきですが、安易な意見は支持できません。
繰り返しになりますが、安保法制や集団的自衛権は『殺人・破壊の正当化』です。支持するのなら『殺人・破壊に加担する』という覚悟をきちんと持つべきだと思うんですよね。ネット世論のように安易な気持ちで支持すべきものではありません。